日帰り旅行1

2014年9月30日

先日、長野県安曇野市の豊科近代美術館に宮芳平展を見に行ってきました。
豊科駅へは立川駅から特急あずさに乗り約3時間。ちょっと奮発して買った弁当とビールと景色を楽しみながらの久しぶりの小旅行です。
外の田園風景は稲穂の緑が鮮やかで所々に鎮守の森があります。昔ながらの日本の風景が残っていて心がほっとします。
宮芳平さんは長野の高校で美術の先生を35年間勤めながら西洋画を描き続けた人です。1971年に78才で亡くなりましたが、尊命中は世に認められることなく最近注目されるようになった画家です。21才の貧しい頃借金して絵具を買い、それこそ命がけで描いた絵「椿」を展覧会に出品し落選しました。気落ちしながらも納得できず、審査委員長であった森鴎外を突然訪ね落選の理由を聞いたというエピソードがあります。これをきっかけに森鴎外と交流を深めていきます。純真な心の持ち主で野の花のように生きた人でした。絵が描きたいというひたむきな気持ちに生き、常に貧乏で家族に苦労もかけていましたが、周囲の人や生徒から愛された人でした。
美術館の展示は21才の時展覧会に出品した「椿」から始まります。
「椿」は深い色が綺麗な点描画です。見た瞬間その大きさと緻密さに驚きました。
宮芳平さんは年と取るにつれて画風も変わり大胆なタッチの画や現代画も描いています。
展示の最後は晩年訪ねたエルサレムでの思い出を描いた絵です。
エルサレムの日常からロバを引く人を単純に切り取ったの絵なのですが、感動しました。
余計なものをそぎ落とし宮芳平さんの思いがそのまま伝わってくる絵でした。
若い頃には絶対に描けない、長い時間を経て得られる熟年の力です。
7月のピッカピカに書いた「どっこい大作」もそうでしたが、ひとつの事に打ち込んで得られる力はすごいと思いました。
なんだか自分が時間を無駄にしているようであせりを感じます。私もこれから何か始めたら90才の頃には何かを成し遂げられるでしょうか。できれば人間国宝とか。
最後の展示会場を出た廊下に花の絵など水彩画がいくつも飾ってありました。宮芳平さんの習作だな。綺麗だな。と感心して見ていました。でもそれは地元の小学生の絵でした。
う~ん。違いが分からん。私は芸術家になれそうにありません。

駅弁

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プロですね

2014年7月22日

みなさんこんにちは
先日、あるマンションに行った時の話です。
クリーンスタッフさんと管理員さんと話をしていた時、管理員さんが「ここの定期清掃はA君指名なんです。彼が清掃するととても綺麗になるので、彼でないとだめなんです。」と話して頂きました。なぜかA君が清掃すると床がピカピカになるそうです。
そんな話を聞いた時に、子供の頃に見たテレビドラマを思い出しました。
タイトルは「どっこい大作」
みなさんの中にもお子さんと一緒に見たことのある方もいらっしゃるかもしれません。
このドラマは1973年から1974年にかけてテレビ朝日系で放映されました。
私が小学校6年生の時でした。
ストーリーは、中学を卒業し、日本一の男を目指して北海道から単身上京した田力大作。夢だった大鵬部屋への入門を果たせず、力士への夢をあきらめる。二階堂甚平の紹介でラーメン屋「珍竜軒」に就職し、その後、清掃会社「清潔社」、ベーカリー「ハッピーパン」と舞台を変えながら、ライバルや多くの試練に立ち向かっていく。苦難を前にした時には、「どっこい、どっこい」と相撲の張り手の構えで発憤し乗り越える。二階堂甚平は、時に大作を見守り、時には壁となって立ちはだかり、その成長を支えていくというドラマです。
私が思いだしたのは「モップの魂を探せ!!」の話で、清掃会社に勤めている大作が床(たぶんPタイル)をモップで拭いている場面です。大作は力を込めて一生懸命拭いているのですがなかなか汚れが落ちません。そこへおじいさんが使い込んだモップを持って来て「私にやらせてごらん」と言います。大作は「こんなに力のある僕がやっても落ちないんだからおじいさんには無理だよ」と答えます。ところがおじいさんが使い込んだモップで軽く拭くと床がピカピカになったのでした。そこへ清掃会社の社長が来て言います。「このおじいさんは若いころから心を込めて掃除をしてきた。お前はただ力を入れているだけで掃除をしているわけではない。」と説教をします。
私が子供心に初めてプロを意識した瞬間でした。
ずいぶん話が長くなりました。要は「やっぱりプロって凄い!」が言いたくて書きました。
みなさん全員がプロです。目指す到達点はひとりひとり違うと思いますが、毎日心を込めて清掃を極めていってください。

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